税制適格ストックオプションの年間の上限について調べると、「2,400万円に引き上げられた」「3,600万円まで使える」という説明に行き当たります。ところが実際に条文を読むと、1,200万円という金額のまま変わっていません。

これは誤りではなく、引き上げが「限度額そのものを増やす」のではなく「権利行使価額を2または3で割って判定する」という形で行われたためです。本記事では、この換算方式の仕組みと、設計の際に間違えやすい判定時点・端数処理・経過措置について解説します。制度全体の要件は、税制適格ストックオプションの要件と課税関係の記事でまとめています。

年間の権利行使価額の限度額とは

要件は「年間の合計額が1,200万円を超えないこと」

税制適格ストックオプションの要件の1つに、「ストックオプションの行使の際の権利行使価額の年間の合計額が1,200万円を超えないこと」があります。付与された人が1年のうちに行使できる金額に、上限が設けられているということです。

この上限は会社ごとの発行総額ではなく、付与を受けた人ごとに判定します。また、複数回に分けて行使した場合は、その年の合計額で見ます。同じ人が複数の回号、あるいは複数の会社から税制適格ストックオプションを付与されている場合には、その年の行使額を権利者単位で合算して判定する必要があります。会社ごとに1,200万円の枠があるわけではありません。

上限を超えて行使するとどうなるか

ここは誤解されやすいところです。超えた金額の部分だけが非適格になるのではありません。1,200万円を超えることとなった、その1回の権利行使によって取得する株式に係る経済的利益の全部について、税制適格の特例が適用されません。

たとえば、換算後の年間累計が1,000万円の時点で、次に換算後400万円相当をまとめて行使したとします。このとき、超過した200万円相当の部分だけが課税対象になるのではなく、その400万円相当の行使全体が特例の対象外になります。一方で、それ以前に行った限度額の範囲内の行使まで遡って非適格になるわけではありません。

特例の対象外となった行使分は、役員・従業員であれば原則として権利行使時の給与所得として課税されます。給与所得の税率は最大で約55%になるため、売却時に約20%で済むはずだった税負担が大きく変わります。

上場直後にまとめて行使しようとして、この上限に引っかかるケースは実際にあります。1回の行使単位で影響が及ぶため、「とりあえず全部行使する」が最も危険です。付与する側は、制度を設計する段階で「1人あたり年間いくらまで行使できるのか」を把握しておくべきだと思います。

条文が1,200万円のままなのに2,400万円・3,600万円と言われる理由

「2で除す」「3で除す」という換算方式

令和6年度税制改正で行われたのは、限度額の数字を書き換えることではありませんでした。限度額は1,200万円のまま据え置いたうえで、判定に使う金額のほうを割り算するという方式が採られています。

具体的には、次のように判定します。会社ができてから5年たっていない場合は、権利行使価額を2で割った金額で判定します。5年以上20年未満の場合は、3で割った金額で判定します(この区分は、その会社が非上場会社であるか、上場して5年たっていない上場会社である場合に限られます)。どちらにも当てはまらない場合は、割り算をせずそのままの金額で判定します。

つまり、権利行使価額が2,400万円であっても、2で割った1,200万円で判定するため要件を満たします。これが「実質的に2,400万円まで使える」と説明される理由です。3で割る区分であれば、3,600万円を3で割って1,200万円となり、同じく要件を満たします。

区分を整理すると次のとおりです。設立5年未満なら実質2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場等の要件を満たすなら実質3,600万円、それ以外は1,200万円です。

判定の基準になるのは「付与決議の日」の時点

ここが最も間違えやすいところです。「設立から何年か」を数える基準になるのは、権利を行使した日ではありません。そのストックオプションを出すと決めた日(付与決議の日)に、会社ができてから何年たっていたかで判定します。

3で除する区分に必要な「非上場か、上場して5年未満か」という状況も、同じ日を基準に見ます。あとから上場しても、すでに出したストックオプションの区分が変わるわけではありません。

設立4年目に付与決議をしたストックオプションであれば、実際に行使するのが設立7年目であっても、2で除する区分のままです。逆に、設立6年目に付与決議をしたものは、3で除する区分(要件を満たす場合)になります。同じ会社の中で、付与した時期によって区分が違うストックオプションが併存することになります。

複数回に分けて付与しているスタートアップでは、回号ごとにどの区分なのかを管理しておく必要があります。これを一覧で持っていない会社は意外と多いので、早めに整理しておくことをおすすめします。

端数は1回の権利行使ごとに切り上げる

割り算をする以上、1円未満の端数が出ることがあります。この扱いについても取扱いが示されています。

2または3で除して計算した金額については、1回の権利行使における権利行使価額の合計額ごとに2または3で除したうえで、その金額に1円未満の端数が生じる場合には、その端数を切り上げて算出することとされています。年間の合計額をまとめて割るのではなく、権利行使の回ごとに割って端数処理をする点に注意してください。

経済産業省は、具体的な計算例を示しています。1株あたりの権利行使価額が100円のストックオプションを10,000株分行使する場合、換算前は100円×10,000株=1,000,000円です。3で割る区分であれば、1,000,000円÷3=333,333.333…円となり、1円未満を切り上げて333,334円として扱います。この取扱いは国税庁に確認済みであるとされています。

つまり、各回の行使ごとに換算して端数を切り上げ、その金額を合計して年間1,200万円以下かどうかを判定する流れになります。

上限ぎりぎりの設計をしている場合、この端数の積み重ねで判定が変わることがあり得ます。余裕を持たせた設計にしておくのが安全です。

改正前に発行したストックオプションは要注意

見落とされやすいのが、すでに発行済みのストックオプションには、自動では改正後の要件が適用されないという点です。

この改正は令和6年分以後の所得税について適用され、令和5年分以前については従前どおりとされました。そのうえで、令和6年3月31日以前に締結された契約については、令和6年4月1日から同年12月31日までの間に契約の変更をして、改正後の要件を定めることにより、改正後の制度を利用できるという経過措置が設けられていました。

経済産業省も「令和6年12月31日をもちまして、経過措置の適用期間は終了いたしました」と告知しています。つまり、必要な変更を行っていない既存のストックオプションは、原則として従前の年間1,200万円の判定のままということになります。「うちは設立5年未満だから2,400万円まで大丈夫」と考えていても、古い回号については当てはまらない可能性があります。

ただし、改正法令に連動する条項が入っているなど、契約の書きぶりによって結論が変わることもあります。各回号の付与契約の文言を実際に確認したうえで判断してください。確認しないまま行使の時期を迎えると、想定外の給与課税が生じるおそれがあります。

設計するときに注意したいこと

権利行使価額が低いほど、行使できる株数は増える

上限は「株数」ではなく「権利行使価額の合計額」で判定します。したがって、1株あたりの権利行使価額が低いほど、1年間に行使できる株数は多くなります。

権利行使価額の決め方についてはセーフハーバールールと株価算定の記事で解説していますが、低く算定できる会社ほど、この年間上限の制約を受けにくくなるという関係にあります。

行使が1年に集中しないように設計する

上場やM&Aのタイミングでは、行使が特定の年に集中しがちです。1人あたりの付与数が多い役員・幹部ほど、この上限に当たりやすくなります。

設計の段階で、付与数と想定される権利行使価額から「1年で行使しきれるか」を試算しておくと、後から慌てずに済みます。行使可能期間を長めに取っておくことも、分散して行使するための備えになります。

よくある質問(FAQ)

上限は会社ごとですか、それとも1人ごとですか?

付与を受けた人ごとに判定します。会社全体の発行総額に対する上限ではありません。

上限を超えた場合、ストックオプション全体が非適格になりますか?

その年の行使全額が一律に非適格になるわけではありません。ただし、単に超えた金額部分だけが非適格になるのでもなく、限度額を超えることとなった1回の権利行使の全体について特例が適用されません。実務では、行使のタイミングと数量を調整して上限内に収めるのが通常です。

設立から20年を超えるとどうなりますか?

2で除する区分にも3で除する区分にも当たらないため、年間1,200万円が上限になります。ただし判定は付与決議の日時点なので、20年を超える前に付与決議をしたものは、その時点の区分が維持されます。

まとめ

年間の権利行使価額の限度額は、条文上は1,200万円のままです。引き上げは、権利行使価額を2または3で割って判定するという換算方式で実現されています。

実務で間違えやすいのは次の4点です。①区分の判定は「付与決議の日」時点で行うこと。②端数処理は1回の権利行使ごとに切り上げること。③改正前に発行したものは、経過措置の期間内に契約変更をしていなければ原則として従前のままであること。そして④限度額を超えたときに影響を受けるのは「超えた金額の部分」ではなく「超えることとなった1回の行使の全体」であることです。

とくに④は、行使の数量とタイミングの判断に直結します。自社の回号ごとに区分と契約内容を確認しておくことをおすすめします。制度全体については税制適格ストックオプションの要件と課税関係の記事をご覧ください。

参考