
J-KISSの概要とポイント
J-KISSは、スタートアップが初期段階で資金調達を行う際に有効な手法として注目されています。本記事では、J-KISSの概要と注意点を分かりやすく解説します。
J-KISSの概要
J-KISSとは
J-KISS(日本版Keep It SimpleSecurity)は、 シード期スタートアップ向けの資金調達手法で、新株予約権の1種です。 J-KISSの基本的なコンセプトは、具体的な条件の決定を先送りにして、簡易なフォーマットで迅速に資金調達を完了させることにあります。
従来の株式を利用した資金調達方法では、種類株式と呼ばれる優先株を投資家に対して発行する際に、株価を含め優先株の内容を決定する必要があったり、投資契約の詳細を詰める必要があります。J-KISSはこういった細かい投資条件の決定を将来に先送りすることで、迅速な資金調達を可能にしています。また、従来の資金調達は、株式の発行が前提となるため、手続きが複雑になりがちですが、J-KISSは、契約プロセスが簡略化されており、公表されている契約書テンプレートのリーガルチェックも終わっているため、手続きにかかる時間やコストを大幅に削減できます。これらの特徴が、J-KISSがシード期スタートアップに支持される理由となっています。
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株式を使った資金調達との違い
株式を使った資金調達の場合、企業価値(バリュエーション)を前提に1株あたりの金額が決まります。シード期のスタートアップは企業価値の評価が難しく、投資家とバリュエーションで合意するにも時間がかかってしまうことがあり、そのため迅速な資金調達が達成できない可能性があります。
一方でJ-KISSは新株予約権の1つであり、新株予約権は将来株式をもらう権利のことです。通常の新株予約権は1個あたり株式〇個という形で権利行使した場合に得られる株式の数が決まっていますが、J-KISSにおいては、将来もらえる株式の価額を次の資金調達ラウンドの株価等を基準にする形で決めるため、もらえる株式数が変動する仕組みになっています。この点は以下で詳細に解説します。
株式数の算定方法:ディスカウントとバリュエーションキャップ
J-KISSを使って出資した場合、投資家が次に気になるポイントとしては出資した金額が将来いくつの株式と交換できるかです。投資家にとっては株式数が多い(持分比率が高い)ほど有利になります。
ここで①ディスカウントと②バリュエーションキャップという2つの考え方を抑える必要があります。J-KISSの契約書上では①と②の2つの考え方で計算した株価のうち低い方を使って株数を計算するという記載になっているからです。
そもそもの前提ですが、J-KISSで投資した投資家にとって出資額ははっきりしていますので、あとは株価が決まればもらえる株式数も決まります。つまり、
出資額÷株価=株式数
という式が成り立ちます。①と②で算定した株価のうち低い方を使うので、投資家がより多くの株式が得られる方が採用されるイメージです。この株価についてJ-KISS契約書上では転換価額という記載になっているため以降は転換価額と呼びます。
ディスカウントの考え方
まず①のディスカウントですが、ディスカウントとは割引価額を指します。シードラウンドでは転換価額を決めず、「シリーズAラウンドが行われた際、その時の株価×80%の価額を転換価額とする」というイメージで、一定金額を割り引いた形で転換価額を算定します。シード期に投資した投資家はシリーズAラウンドで参加する投資家よりも多くのリスクをとって投資しているので一定のディスカウントを設けているイメージです(=これにより、より多くの株式がシード期の投資家に渡るようになる)。
例えばシードラウンドで投資家XさんがJ-KISSを使って1,000万円投資したとしましょう。
シリーズAで発行されるA種類株式が1株1,000円の価値だった場合で、ディスカウント率が20%だとすると、
転換価額=1,000円×80%=800円となります。投資家は1,000万円出資しているので、J-KISSの新株予約権を行使することで12,500株(1,000万円÷800円)を得られることになります。
バリュエーションキャップの考え方
次に、②のバリュエーションキャップについて説明します。
先ほども言及しましたがJ-KISSで出資した投資家にとって重要なのは株式数(持分比率)です。
先ほどのケースにおいて投資家Xさんは1,000万出資しましたが、仮にシリーズA実施時のバリュエーションが1億だとXさんの持分比率は10%(=1,000万÷1億)ですが、バリュエーションが5億だと持分比率が2%(=1,000万÷5億)になってしまいます。つまりシリーズA実施時のバリュエーションが上がれば上がるほど、持分比率が低下してしまうことになりますし、J-KISSでリスクをとって早く投資をした投資家のメリットも少なくなってしまいます。そのため、バリュエーションに上限(=キャップ)を定めることで、投資家が一定の株数を維持できるようにしようとしたのがバリュエーションキャップの考え方になります。
先ほどの投資家Xさんのケースにおいて、投資先会社の完全希薄化後株式数が10万株、シリーズA実施時のバリュエーションが5億だったと仮定しましょう。
バリュエーションキャップが存在しない場合、投資家Xさんは
出資金額1,000万円÷転換価額5,000円=2,000株 の株式を得られることになります。(※ディスカウントの考えも存在しない前提です)
一方で、もしバリュエーションキャップが2億円に設定されていたとしたら
バリュエーションキャップ2億円÷完全希薄化後株式数10万株=転換価額2,000円 となるため
出資金額1,000万円÷転換価額2,000円=5,000株 を投資家Xさんが得ることになります。
バリュエーションキャップがついていることで、投資家Xさんが得る株式が増加したことがわかると思います。実際のシリーズAバリュエーション(上記の5億)がバリュエーションキャップ(上記の2億)を超えている時は投資家Xさんが保護されるイメージです。
まとめ:ディスカウントとバリュエーションキャップによる計算結果の例
シード期にJ-KISSで1,000万円出資した投資家Xさんは、シリーズAラウンドで結局いくつの株を得られるのでしょうか。以下に前提条件と計算結果を記載します。
<前提条件>
項目 | 内容 |
---|---|
投資家Xさんの出資額 | 1,000万 |
ディスカウント | シリーズA株価に対して80%を乗じる |
バリュエーションキャップ | 2億円 |
完全希薄化後株式数 | 10万個 |
転換価額 | ディスカウントによる算定結果とバリュエーションキャップによる算定結果の低い方 |
シリーズAのバリュエーションを1億~5億で変動させた場合に、投資家Xが得る株数は以下のようになります。
ケース1 | ケース2 | ケース3 | ケース4 | ケース5 | |
---|---|---|---|---|---|
①シリーズA バリュエーション | 1億 | 2億 | 3億 | 4億 | 5億 |
②シリーズA株価 (①÷10万個) | 1,000円 | 2,000円 | 3,000円 | 4,000円 | 5,000円 |
③ディスカウントによる転換価額 (②×80%) | 800円 | 1,600円 | 2,400円 | 3,200円 | 4,000円 |
④バリュエーションキャップによる転換価額 (2億÷10万個) | 2,000円 | 2,000円 | 2,000円 | 2,000円 | 2,000円 |
⑤転換価額 (③と④の低い方) | 800円 | 1,600円 | 2,000円 | 2,000円 | 2,000円 |
⑥投資家Xが得る株数 | 12,500個 | 6,250個 | 5,000個 | 5,000個 | 5,000個 |
投資家Xが得る株数はバリュエーションが増加していくと少なくなっていくことがわかりますが、3億の時点から5,000個で一定になることがわかると思います(厳密には③と④が同じになるのは2.5億の時であるため2.5億を超えてから常に5,000個で一定になります)。
J-KISS利用の際の注意点
バリュエーションの議論を完全には先延ばしにできない
J-KISSのメリットとして語られることが多いバリュエーションの決定を先延ばしにできるというポイントですが、確かに”確定”という観点では後回しにできますが、先ほど言及したディスカウントとバリュエーションキャップの条項が入っているため、完全に後回しにはできず、J-KISSを使うときにも自社のバリュエーションがいくらなのかをある程度把握したうえで交渉に臨む必要があります。
特に、バリュエーションキャップの金額は実質的にシードラウンドのバリュエーションを表すと考えた方がよいため、妥当な金額をスタートアップ側でも事前にある程度は算定するようにし、後で決められると思い込んで適当に決めないようにしましょう。特に、バリュエーションを低すぎる金額で設定し、シリーズAのバリュエーションが非常に高くなってしまった場合、後から振り返れば投資家が有利すぎる取引だったということになる可能性もあるので気を付けましょう。ただ、シード期はそもそも価値評価が難しいのも事実なので、投資家とのコミュニケーションでお互いに納得感のある評価範囲で着地できるように努力することが大切です。下記に記載した経済産業省のガイドラインにも相場観の情報があるため参考にしましょう。
J-KISSテンプレートからの変更に注意
J-KISSのメリットはリーガルチェックを受けたテンプレートが公開されているため、法務チェック等のプロセスが不要であることですが、このメリットはテンプレートが変更されていないことが前提になります。そのため投資家とコミュニケーションをする上で、契約書に変更・修正が入っていないかを常に確認するようにしましょう。
具体的には、テンプレートの最上段に「本契約(別紙1「発行要項」を含む。)は、空白又は括弧書きの箇所を除き、https://coralcap.co/j-kiss/で公開されているものの一つから変更されていない。」という文言が入っているので、こちらの文言が引き続き入っているかどうかでチェックすることができます。
借入や普通株の検討も忘れずに
創業時でも借入が検討できるビジネスモデルである場合は、J-KISSに飛びつかずに借入を行うことをまず検討するようにしましょう。
株式等のエクイティでの調達しかない場合、普通株での調達ができないかも検討してみましょう。普通株<J-KISS<優先株の順番で投資家保護が強まるイメージですので、調達額等のバランスも踏まえて普通株での調達が難しいような場合にJ-KISSを検討するようなイメージでよいと思います。
J-KISSがエンジェル税制の対象に
令和6年度税制改正により、シード期等のスタートアップの初期段階で広く使われるJ-KISSなどの有償の新株予約権による投資もエンジェル税制の対象になりました。エンジェル税制についてはこちらで解説しておりますので参照ください。
J-KISSの考え方はシード以外の各ラウンドで適用できる
J-KISSはシードラウンドの調達のためにCoral Capital が公開したテンプレートですが、J-KISSの考え方、つまり具体的な投資条件を次ラウンドの結果に依存させ、迅速に資金調達を行うという考え方はシード以外の各ラウンドの資金調達でも利用可能であるということは押さえておきましょう。
J-KISSはコンバーティブル投資手段の一つとされており、コンバーティブル投資手段は「投資家が株式取得に先立って資金供給を行い、将来企業価値評価の正確性が高まったタイミングで株式転換を行うという、新株予約権等の投資手段のこと」を指します。あらゆるコンバーティブル投資手段の中で、Coral Capital が公表しているものがJ-KISSという位置づけになります。
なお、経済産業省からもコンバーティブル投資手段についてのガイドラインがでており、スタートアップがどのようにコンバーティブル投資手段を利用したかの具体的な例や、ディスカウントやバリュエーションキャップの相場感等の情報も含まれているためぜひ参照ください。(詳細はこちら)
まとめ
J-KISSは、シード期のスタートアップにとって、迅速かつ効率的な資金調達を可能にする強力なツールです。しかし、J-KISSを効果的に活用するためには、メリットだけでなく利用の際の注意点も理解しておく必要があります。
また、J-KISSのようなコンバーティブル投資の考え方はシリーズAラウンド以降も適用できるということは押さえておく必要があると思います。ただしその場合はJ-KISSのテンプレートをそのまま使うことはできないため、弁護士に必ず相談するようにしましょう。